飢えたライオン:アンリ・ルソーの世界 - 続 壺 齋 閑 話〜難しいブログ記事にコメントする試み
この記事ではフォーヴィズムが認知された時代との記述があった
先ずはわたし的にはその理解が必要だ
以下ウィキからの引用
フォーヴィスム(仏: Fauvisme、野獣派)は、20世紀初頭の絵画運動の名称。ルネサンス以降の伝統である写実主義とは決別し、目に映る色彩ではなく、心が感じる色彩を表現した。
1905年、パリで開催された展覧会サロン・ドートンヌに出品された一群の作品の、原色を多用した強烈な色彩と、激しいタッチを見た批評家ルイ・ボークセル(仏: Louis Vauxcelles、英: Louis Vauxcelles)が「あたかも野獣(フォーヴ、fauves)の檻の中にいるようだ」と評したことから命名された。
記事によれば
「ルソー自身としては、フォーヴィズムを含めてあらゆる芸術運動から超越したところに立っていた。かれは〇▽派に分類されることを嫌ったのである。」
とある
わたし的にはそんなルソーが好きだ
だが妻に先立たれ多額の借金の取り立てなどもあったようで
『飢えたライオン』を描いた頃は審査制のサロン・ドートンヌへの出展を
続けていたと言うから作品が認められるようになったとは言え生活は苦しかったのだろう
そんな中で想像だけで描いたと言われる『飢えたライオン』を観ると
私の胸の内では複雑な思いに駆られる
題材がわたし的にはそむけたくなる
弱肉強食による食物連鎖が自然の営み節理と分かっていても
そのシーンを私はまともに見る事ができない
また町中に山から下りてきたイノシシやサルが人に追われて逃げる様も
心が痛んで仕方が無い
振り返ってルソーはこの絵を何故描いたのだろう
どんな気持ちだっただろう
ルソーはライオンだったろうか
襲われているカバだったろうか
想像でしかないがどちらとも言えると思った
ライオンにしても『飢えた』とあるので
雄々しい百獣の王の姿では無い
一見メスに見えるが良く見るとやはりオスのようだ
家族の為自分の為にどうしても捕食しなければならない
ドキュメンタリー番組などで取り逃がすシーけンもある
また次のチャンスを待つしかない
自分は人以外に生まれていたとしたらと考える
こんな例えは土台間違っていると分かっていても
私ならとても生きていけないといつも思う
人間社会だから普通に生きていれば殺されることは無い
昨今はそうとも言えない世相ではあるが…
画壇に於いて派閥に属することを嫌ったルソーは
世渡りは下手で苦手だったのではないか
それが故の借金暮らし
その後の彼のことが気になってきた
ウィキから晩年の記述
晩年の1909年、ルソーはある手形詐欺事件に連座して拘留されている。この件については、ルソーは事情をよく知らずに利用されただけだという説もあるが、真相は不明というほかない。1910年に肺炎のため没した。
やはり…と言う結末
66歳で逝去
ルソーの絵は苦手だったが
回を重ねる毎…特に今回の題材のせいもあろうが
彼の絵にルソー自身の姿を見る思いがして
次回の記事が待ち遠しくなった